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院長小宮山の感謝日記

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学校の先生、保護者むけの性教育の話

院長の小宮山です。

地域にお住まいの方や医療介護職の方などさまざまな方に、健康に関係することについてお話する機会を定期的にいただいています。

前々回のブログでは、校医をやっている中学校で3年生に対して、性教育の講演を行っていることを書きましたが、そこで話していたことがきっかけに、別の中学校からもお声をかけていただいています。
そうして学校とのお付き合いもすこしづつ深まるなかで、今度は教員や保護者を対象に、性教育について話してほしいと依頼があり、先日中学校に行ってきました。

中学校の先生や同校の保護者だけでなく、近隣の小学校の先生、そして補導員の方々もふくめて、大勢の方に来ていただき本当に感謝です。

近頃の若者は、性交渉の経験率が以前より低下するなど、全体的には”草食化”がすすんでいるのですが、地域社会や先輩後輩などの繋がりが希薄になったり、仲間うちですら性的な情報を得る(エッチな話をする)という機会も減ってきているそうです。
そうして健全に性的な感覚が育たず、知識もないまま、いきなり「大人の性」の世界にとびこんでしまい、不幸を経験する事例も多いとのことでした。

性的なことは、どうしても教師から親の立場で正面からとりあげづらいテーマではありますが、地域全体で健全に性的な成長もサポートしていくことが必要だなぁ、と会場のみなさんとも話しながら、つくづくと感じました。




 

2017-07-22 15:42:04

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さくらと草取り

院長の小宮山です。

弘前城の桜、、、には足元にも及びませんが、
昨年クリニック前に作ったお庭の桜が、
今年1年目ながら可愛く咲いてくれました。

桜だけでなくお庭には草もだいぶ生えてており、
先日は晴れたので、昼前に皆で草取りをしました。

・・・が10分もしないうちに持病の腰痛が悪化し、
スタッフからドクター?ストップがかかってしまいました(-_-;




2017-04-16 21:38:34

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学校医をやっている中学校で性教育講演

学校医をやっている近くの中学校で、性教育のはなしを、卒業前の3年生にしてきました。
おなじ中学で4年目ですので、自分もだいぶ慣れてきて、よい雰囲気でできたかと思っています。

自分がコンドーム装着の実演を見せるところがあり、すりこぎ棒をペニスに見立てて(これがちょうどよい大きさなのです)使っているのですが、なぜだか会場からクスクスと笑いが出はじめました。

コンドームの実演なので恥ずかしいのかなぁ、なんて思っていましたが、途中自分で気が付いて、マイクと間違ってすりこぎ棒を口にあてて話していました (^_^;



その後、アンケートの結果が返ってきましたが、おおむね好評でよかった!

すりこぎ棒を間違えてマイクにしてしまった失敗も、ちゃんとイラストにしてくれた子がいました。
失敗しがいがあり、嬉しいです。

2枚目は、自分は講演の合間に休憩で、猫の写真を使って「伸び・ハイタッチ・ウェーブ」を入れるのが定番なのですが、そのウェーブシーン。
ちゃんとすりこぎ棒も持ってます。

  


そして数日後に、別の中学で同じ話をしてきました。

その中学での、アンケートのある感想・・・

「受験おちた後の日に聞く話ではないので、日にちを変更してほしかったです」

ごめんなさい!悪気ないんです!
日程は、学校の先生との相談の相談なのと、自分も日程としてこの日しかダメだったんです。

タイミングとしては中3の卒業のこの時期が一番よいのですが、コンドームつけましょうだの性教育の濃い話なので、そりゃ受験に落ちてすぐに聞きたいような話ではないですよね~。


また来年も、楽しくやろうと思っています。
 

2017-03-14 22:18:19

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薬物乱用防止教室で話をしてきました。

院長 小宮山です

平塚市内の小学校で薬物乱用防止教室。タバコとお酒はダメ、という話をしてきました。

別の小学校で3年間やっているネタなのですが、その話を聞いた本日の学校の養護教員の先生から依頼があり、はじめて伺いました。最近の講演依頼はこんな感じで、広がって広がって、ということが多いです。

後半はタバコを誘ってくる友達からの誘いに対して、断るというワークを入れているのですが、毎回けっこう好評です。ロールプレイも行いますが、見本をしてくれた担任の先生も、ノリノリでやってもらえました(^^)

2017-01-19 17:51:29

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クリニックの周囲を整備しました

院長の小宮山です

この秋から、より便利にご利用できるようクリニックの周囲を段階的に整備しておりましたが、完成いたしました。

1)
10月からの規制緩和をうけ、当院や門前薬局からそのまま駐車場に行き来できるよう、歩道を設け、駐車場との間のフェンスを撤廃しました。
また駐車場も拡張し、外側にもフェンスを設けて砂利を敷き詰め、ラインや車輪止めも整備しました。
雨の日など特にご不便をかけておりましたが、足元の汚れなども軽減されます。




 

2)
クリニックの近くを通る「真土金目線」から視認しやすいように、看板を設置しました。



 

3)
ご来院の患者さまに、より安らいでいただけるよう、お庭を造成しました。
桜や紅葉も植えて、季節もより楽しんでいただけます。



 

これからも、患者さまにより便利にご利用いただけるよう考えて参ります。
ご要望がありましたら、ホームページ内のメッセージか、クリニック内の投書箱にご意見をお寄せ下さい。
 

よろしくお願いいたします。
 

 

 

2016-12-13 16:49:25

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うれしいお便り

小宮山です

「娘が先生方に会いたいからかぜをひきたい。という位、病院、先生方が好きなようです。」

・・・これはホント心から嬉しい!
とても励みになります。
これからもがんばります!


 

2016-10-01 06:34:00

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開院1周年箱根旅行

小宮山です

開院1周年の記念で、職員全員+家族で、箱根に社員旅行にいきました。

昨日は彫刻の森美術館にたちより、夜は温泉旅館で、夜おそくまで親睦を深めました。

晴れ男、晴れ女で力をあわせたにも関わらず、あいにくの雨(大雨!)でしたが、職員のお子さんたちも元気で、みなで楽しい時間を過ごすことができました。

また2年目も頑張っていこう!






 

2016-09-18 18:36:00

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おむつポットとベビーチェア/受付開始時刻

小宮山です

当院はおむつ換えの台はあるのですがベビーチェアがなく、以前から設置したかったために先日導入しました。

また先日、ご意見箱におむつポットの設置の要望があったため、あわせ設置することといたしました。

待合室にも通常のゴミ箱を設定してほしい、というご要望ありましたが、皆で検討し
「待合室にはゴミ箱の設置は行なわず、捨てたいゴミが生じた場合、受付にお声掛けいただく」
ことといたしました。
ご理解のほど、よろしくお願い致します。






その他、
「朝の受付開始時刻(入り口を開ける時刻)が定まっていないために、決めてほしい」
とのご意見をいただきました。

こちらは、スタッフとの相談の上で、

朝は8時50分に入り口を開けて受付を開始

することといたしました。




また以前に引き続き、早坂先生への熱烈な ”ラブレター” をいただきました。




こうしたお声は、私たちもとても励みになります。


これからもなるべく患者さまのご要望にこたえていきたいと考えております。


今後ともよろしくお願いいたします。







 

2016-09-15 01:39:00

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キノコ

毎朝、みんなで掃除をしているのですが、
先日、待合室を掃除しているスタッフから悲鳴が聞こえました!

みんなで急ぎ駆けつけると・・・なんと植木からキノコが生えていました(ホッ)

子供がとったら危ないので、すぐ収穫しましたが。

そして、昼休みには天ぷらにしてみんなで美味しく頂きました。
午後の診療は、スタッフみんな手や口がしびれて大変でした。
・・・というのは冗談ですが、キノコは本当です。

 

2016-07-30 15:36:00

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患者さんから学んだこと

小宮山です

癌の終末期でみている在宅の患者さんから、
「先生、私あとどれくらい生きられるんでしょうか」 
と、診察の最後にたずねられた。

不意にこうした質問があると、医療者は普通身を固くして、どう答えようか逡巡するものなのだけれど、そのたずねられ方というのが、何というかあまりに自然で、
たとえば入院して回復した患者さんから
「あとどれくらいで退院できるんでしょうか」
と聞かれるとか、在学中の大学生が
「あとどれくらい単位とれば卒業できますかね」
と大学の先生に聞くとか、
なんとも気負いなく、全く悲観的な感じのない、自然な聞き方だった。

そのため聞かれた自分もすごく自然体のままで
「うーん、○○さん予想外に長い経過だから、なんとも予想しづらいなぁ。今の調子なら日の単位や週の単位ってことはないと思うけど、年単位は無理だろうし、数ヶ月くらいかなぁ。夏を超えられるかなぁ、どうかなぁ、、、」
なんて、ふーっと、思ったままが口に出た。

○○さんは、それにどう思うといった感じでもなく、
「そうですか~」といった雰囲気だった。

それに次いで自分が
「でも○○さん、ほかの人と比べてもすごく良い時間を長くすごせているから、僕もあの世に行くなら○○さんみたいに行ってみたいよ~」 
なんて軽口も出て、家族と一緒にワッと笑った。

その後もお互いニコニコしたまま、「また来週」とさようならの挨拶をして家を出たのだけれども、一緒にいたスタッフと
「いや~、いいよね~」
とため息とともに、顔を見合わせた。

もちろん身体的苦痛がしっかりコントロールできていることで受け入れがより得られていることは確かなのだけれども、こうして、自分や家族の人生のなかに死がしっかりと存在していることを、悲観はもちろんあったとしても、入学や卒業や出産や結婚といった、あたりまえの生活のイベントとして受け入れられる、ってすごいことだし幸せなことだと思う。

そして自分たち、地域に住む生活者の生活を支える医療を行なう医療者の役割って、こうしたことをサポートすることだとつくづく思う。在宅の患者さんはもちろんだが、外来患者さんであったとしても同じだ。
そして、生活者を支えるためには、この患者さんのように、その方の生活や人生に、医師である自分が”観察者”ではなく”登場人物”の一人として関わる必要がある。

今の時代、電化製品がこわれたら、センターに送って修理してもらったり、買い換えるほうが安い、ということが普通だ。でも、自分が子供のころはまだ、近所の電気屋さんのがよく家に修理しにきてくれていた。何か電化製品でトラブルあると、母親はよく「近藤さん呼ばないと」なって言っていたものだ。うちでは「近藤さん」は「電気関係の問題」の代名詞だった。近藤さんは修理に来たついでにこちらが出したお茶とともに、雑談もよくしていて、それもひっくるめて電気修理だった。
「近藤さん」は明らかに、自分が小さいころの家族や、自分の人生の、登場人物のひとりだ。

自分がいま、医者として患者さんのお家や外来でやっていること・やりたいことは、この近藤さんと同じだ。生活の中に電化製品があり、それをみてくれる電気屋さんがいる。生活の中に、病気があり、死があり、それをみてくれるお医者さんがいる。自分にとって「電気関係の問題」の代名詞が「近藤さん」だったように、「医療関係の問題」の代名詞が「ありファミ」であり「小宮山センセー」でありたいと思う。

ーーーーーー

みんな、幸せな人生と幸せな生活を送りたいと思っている

電化製品を治すこと、病気を治すこと、結婚すること、生まれること、入学すること、、、、そして死ぬこと。それはすべて人生で幸せになるための手段や、通過点だ。手段や通過点が目的になったり、逆に回避する目的になってしまうことが、本当の意味での不幸を生み出してしまうのではないか、とも思う。

「みんな幸せな生活を求めている」と決めてしまうことが、本当に正しいことなのかはわからない。ただ少なくとも、自分がやっている仕事や日々の人間関係は、「みんなが幸せになる」ための「手段」であるということは忘れてはならなないし、手段が目的化して、かえって他人の幸せを奪ってはならないと思う。

近くにコンビニがあるので冷蔵庫を使わなくなってそのまま壊れた人がいたとする。そこで、いくら電気屋が修理が得意だからといって、壊れた冷蔵庫を修理するのは電気屋のエゴでしかない。「ありがとう」とは言われるだろうけど、使わない冷蔵庫が再び動くようになって、カラの冷蔵庫が冷えていたからって、本当にそれが本人にとって幸せだろうか? 幸せなのは「ありがとう」と言われて、修理代をもらった電気屋さんだけだ。

もしかしたら、カラの冷蔵庫であったとしても、お客さんは冷蔵庫が治ったこと嬉しいと感じるかもしれない。ただ想像してみてほしい。もしこの人が、近くのコンビニに行くのにも足腰が弱く大変だったとして、「お客さんの幸せ」をよく見ている電気屋さんが、冷蔵庫を修理するかわりに、電気自転車を提案したとしたら? そしてお客さんは電気自転車を使うことで、コンビニに買い物に行くことがとても楽になったとしたら? きっとカラの冷蔵庫を修理してもらうより、よほど幸せ、を実感できると思う。また電気屋さんにとっても、よりより仕事をした充実感が得られるだけでなく、冷蔵庫の修理代より電気自動車を支払って得られ得られる利益が多くなる、ということもあるかもしれない。

ときに、「幸せ」はお客さん自身だってわからないし、お客さんのことをよく分かっている電気屋さんのほうが、お客さんの本当の幸せをわかっていたり、それを現実化する手段をもっていたりもする。逆に、電気屋さんが「ほら、冷蔵庫治ったよ!よかったね!」強く言うことによって、電気屋さん自身も、お客さん自身も、カラの冷蔵庫の修理を「幸せ」と信じることだってある。

自分は医療者として、「誰も望まない冷蔵庫の修理」をしてはいないだろうか?

 

あたまの患者さんの話に戻る。

その場で会話をした私とスタッフが感じた
「いや~、いいよね~」
という感覚。

もしかしたら、”在宅で最期によい死を演出する”ことで自分たちの仕事が果たせた、と勝手に満足している自分のエゴである可能性だってある。もしかしたら自分は、カラの冷蔵庫を修理していたのかもしれない。表情は穏やかで笑顔もあったけれど、それは患者さんが医者に気遣いをしていたかもしれない。

また、医者にとっての幸せが必ずしも患者さんの幸せでないのは当然だけれど、患者さんにとっての「幸せ」も常に変化する。

だからこそ、患者さん、医者である自分、見守る家族、ともに働くスタッフ、地域でともに関わる他の事業所の仲間、などなど、みなの最大限の「幸せ」が何か、常によく見て、感じて、考えて、いろいろ試したり、よい意味で疑い、選択していくということはし続けないといけないのだろうと思う。

2016-07-30 15:14:00

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